ただいま~♪
2階への階段や押し入れに廊下などは板でふさがれ、ふすまなど全て取り払われ並べられた机の姿は、記憶の中のたたずまいと異なるところばかりである。
あれだけあった家具に思い入れの品々がこうして何一つ感じない祖父母の部屋は、
他人の家のような、正直ショックに感じるところがあった・・・。

しかし、埃が積もることがなければ、こうしてきれいな部屋であるもの公文として使ってくれる人がいるんだからだとわかると、これでいいのかなと、
ひっそりとくたびれていくより、こうして子供たちの声が響くにぎやかな家であり続けるほうが、きっと亡くなった祖父母も喜んでいるはずだろう。

120@DSC00239.jpg

おとなしい性格の自分であったから、
まさか、こうして日本一周の旅人として、そしてお遍路さんとなって帰ってきた自分をどんな顔して驚いていることだろうか・・・。

旅678日目 「懐かしい場所」

7時に起床、簡単な朝食を食べ約1時間して出発した。

すぐに現れた標識には室戸岬まで26km、今日はなんとしても、そんな岬までたどり着くつもりでいる。
こうして急ぐもの、明日が雨の予報であり、それまでになんとか岬に近い祖父母の家に転がり込みたいと思っていたからだ。
しかし、昨日は佐喜浜まで向かうところを10km近くを残してキャンプしてしまったため、この日はそんな分も上乗せした室戸岬までの実に26kmにも至る長丁場をこの日は歩かなければならなくなってしまった、大変だ。(> <)/
自分の足で歩ききれるだろうか、昨日も重い荷物にふらふらであったから不安であった・・・。

120@DSC00194.jpg今朝も凍える寒さであった。 てきぱき撤収し、そして出発!!

120@DSC00247.jpgこの日の目的とする室戸岬まで26kmの表示!!遠い・・・。(> <)/

昨日に続きこの日も国道55号線、右手には迫り来る山々に左手には遠のくような広大な太平洋を望みながら歩いていった。

30分ほど歩けば東洋町を抜け、次の室戸市のカントリーサインに迎えられる。
室戸は”くじらの里”とあった。
廃墟となった民家が数件見られた意外は、歩いても歩いても、この日も何もない道が続く。
そうなるとこの日もイヤってほど海ばかりにカメラを向けていた。
しかし、朝日に照らされた海が宝石のように輝き、まぶしい銀色にきれいであった。

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120@DSC00250.jpg一坪ほどならポケットマネーでも購入できてしまえそう・・・。(^^;)

ようやく昨日の目的地であった佐喜浜の町に到着したのは、歩き出して2時間ほどのこと。
店を探しながら数分も歩けばあっという間に抜けてしまうような小さな集落であったから、慌てて引き返したほどだ。
ここで”モンマート”という念願のコンビニを見つけ、食料の補給をする。
昼食用のパンにビスケット、夕飯を考えレトルトカレーなども購入。
この先からはスーパーにコンビニなどいっさい無いためで、
酒屋さんが始めたような無名のコンビニによくある空っぽの棚を見て回っては、迷いながらの買い物であった。
朝食は非常食用のカロリーメイトでしのいでいたため、ピザパンの2回目の朝食をとりながらコンビニ前で休憩、そうしていると自転車で快走してきた木田さんと合流、昨日の朝、道の駅で別れた以来の再会となった。
昨日はあれからずっと道の駅で時間をつぶし、東洋町の善根宿に泊まる木田さんには、どこかで追いつかれるとは思っていたが、こうも早いとは、自転車のすごさを見せつけられた。

ここからは共に室戸岬を目指して歩いていった。
木田さんがゆっくり自転車を漕ぐその後を自分が遅れてついて行く形である。
明日が雨の予報であるため、なんとしてでも祖父母の家のある室戸岬まで2人行くことに決めている。それも歩きの自分次第であるから頑張って歩いた。

120@DSC00262.jpg佐喜浜の町並み

120@DSC00264.jpgモンマートとというコンビニで食料の補給

120@DSC00269.jpg今食べるピザパンに昼食のロールパン、そしておやつのビスケットに今日ちびちびと飲んでいく午後の紅茶と夕飯のレトルトカレーなのだ♪

120@DSC00197.jpgここで、昨日以来の木田さんと合流、共に室戸岬へ♪

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120@DSC00285.jpg頑張って歩くも、どんどん遠のく木田さんの背中・・・。^^;

しかし、自分がペースダウンしてしまい、
のんびり自転車を漕ぐ木田の背中は大きなカーブを境に見失ってしまった。

再び一人になってからは、久々にウォークマンを耳にしながら歩いていった。
イヤホンをすると後ろからの車だけでなく、差し入れ一つにせよ町の声が聞こえず、地元の方との交流が損ねてしまいそうで好きではないのだが、このときばかりは町が無いのだからいいだろう。
何もない道を一人あるいていった。
蹴り出す自分の足だけを見るように、下ばかりを向いて歩いてしまうことが多かったのだが、めい一杯に顔を上げた夫婦岩があった。
こうも長く全国を旅していると、似たような岩が2つ並ぶところは必ずといっていいほど、そんなあちらこちらでしめ縄で結ばれては夫婦岩と呼ばれる岩を見てくれば、
贅沢な話かもしれないが旅のはじめの頃にあったような神々しい思いはなくなってしまっている。
しかし、ここで見た夫婦岩はなかなかの大きさで見応えがあったから、久々に仲のいい夫婦を前に見とれていたのだろう。
ビスケットを口に休憩しながら見上げていた。

120@DSC00308.jpg見上げる大きさの夫婦岩

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歩き続けて夕方4時、室戸岬まで残すところ5kmほどとなったお遍路小屋で先に到着し、待ちくたびれた様子で座り込む木田さんに追いつく。

すでに20kmを歩きへとへとの自分と打って変わって、木田さんは体力をもて遊ぶかのように、山の尾根を縦走する室戸スカイラインを走っていたそうだ。
ここからは自分のザックを自転車の荷台に載せてもらい、ペースアップ。
日没が迫る中、その後はただひたすら2人歩いた。
そんな途中、我々2人に差し入れを頂く。
グレープフルーツかと思ったら、高知の特産であるブンタンであるという、見た目はまんまグレープフルーツのような果物、
”荷物にならなければどうぞ”と、車からおばさんが一杯になった袋を差し出してくれたブンタンは、まあ結果、荷物になるのだが嬉しくもあるポンカン10個ほどと一緒に頂いてしまった。

120@DSC00210.jpg待ちくたびれた様子で待つ木田さんと合流

室戸岬が近づくにつれ、家々が点々と姿を現してくる。

室戸は海洋深層水で一躍した町だ。
水深の深い海洋深層水は産業排水や生活排水、河川の影響をほとんど受けないため、高い清浄性に表面よりも5倍ほどのミネラルを含むらしい。
そんな海洋深層水を紹介するシレストむろとという立派な施設まであったが、
迫る日没にスルーすることとなってしまった。
岬の先端にある二十四番札所最御崎寺、室戸岬灯台、海岸に広がる地質遺産であるジオパークなど賑やかに書かれた観光案内板を見て意外と見所の多さに驚いたが、それらもすべて後回しとし、祖父母の家のある室戸岬の町へ急いでいた。

120@DSC00321.jpg巨大な空海の像、この室戸の地は空海が修行した地らしい

120@DSC00326.jpg徳島を出て以来、ずっと目指していた室戸岬をV字に折り返す。

120@DSC00327.jpg

120@DSC00323.jpg意外にも見どころの多さに驚いたが、観光は後回しにして家へ。

120@DSC00354.jpg岬ではきれいに思う一方、日没に心焦らされる夕日であった。
 
日没に追われつつも、見とれるほどきれいなダルマ夕日にカメラを向けた。

ダルマ夕日は海面上にダルマの頭が見える現象で、大気と海面との温度差が生み出すそうだ。
十分なだるまと思ったが、カメラを構える自分に散歩する地元の方が今日は条件がいまいちだと話していった。

120@DSC01917.jpgちょっとだるま夕日?

我が家は突き出る室戸岬のVの字状に折り返したすこし先。

何とか日没ぎりぎりに町に到着、そこで鍵を預かってくれているという柳川さん宅を探すまでもなく、家の前で我々の到着を待っていてくれた。
おじさんと私の父とは小学生に中学生のときに同期生であったそうで、
自分は初めてお会いする方だった。
本当ならどこか一緒に食事に行けたらと思っていたことを伝えてくれたが、
おじさんの父が他界したばかりで、お葬式の忙しい最中であったことに驚き、
今朝電話をしたときも、なにか忙しそうな様子が受話器越しにわかったが、
まさか思ってもいなかったとはいえ、申し訳ないなと思うばかりだった。
そんな急がしい中でも、こうして自分たちを向かえてくれていた。

小学生以来の帰宅に、家の場所さえいまいち思い出せないままであったが、
おじさんに連れられ家の前まで来たときにはよみがえる記憶と共に、
はっとさせられる懐かしい門構えがそこにあった。
嬉しさと緊張と共に小学生以来の扉を開けた。
よく来たねと、そう言って迎えてくれた祖父母の姿はいない真っ暗な部屋だった。
家主を失った家は町の公文教室として貸し出されて使われていた。
そのおかげで電気に水道も使える状態であった。

120@DSC00214.jpg約10年ぶりにやって来た祖父母の家

120@DSC00216.jpg現在は町の公文教室として使われていた

120@DSC00245.jpg

教室内は飲食禁止なのだろうかと、我が家ながら考えてしまう。

なんせ、祖父母の思いでの品々どころか、家具すべてがなくなったた変わりに、
机にいす、参考書などが並ぶ、家はすっかり公文となっていたからだ・・・。
それがショックである一方、家主がいなくなって10年は経つのに、こうもきれいにあることはあり得ないことに気がついた。
もちろん一般住宅から公文教室へと、2階への階段や押し入れ、廊下などは板でふさがれ、ふすまなどはすべて取り払われ並べられた机の姿は、記憶の中のたたずまいと異なるところばかりである。
あれだけあった家具に祖父母の思い入れの品々がこうして何一つ感じない部屋は、
他人の家のような、正直ショックに感じるところがあった・・・。
しかし、埃が積もることがなければ、こうしてきれいな部屋であるもの公文として使ってくれる人がいるんだからだとわかると、これでいいのかなと思いなおす。
ひっそりとくたびれていくより、こうして子供たちの声が響くにぎやかな家であり続けるほうが、きっと祖父母も喜んでいるはずだろう。

おとなしい性格の自分であったから、
まさか、こうして日本一周の旅人として、そしてお遍路さんとなって帰ってきた自分を驚いていることだろうか・・・。

120@DSC00237.jpg

明日の雨の予報に、おじさんに明日も可能であれば停滞を考えていることを訪ねれば、
「自分の家なんだから」と、自分でも笑ってしまうのだが、考えたらそのとおりの答えが返ってきた。

公文の教室として使われる次の日は2日後の火曜日とのことなので、
木田さんと共に少しゆっくりしていくことにしようかと思う。
気持ちのいい畳に横になって、そんなことを話していた・・・。


1月20日 おしまい。

移動歩数 
移動距離 およそ28km

天候:晴れ
体調:良好

キャンプ地:祖父母の家(高知県室戸岬)

[あとがき]
4月4日、現在は75番札所を打ち終え、香川県善通寺市街地です。
お遍路のヤマ場も越え、そして日本一小さな県、香川県♪
お遍路の旅も終盤です♪

なにかお勧めの情報、場所でもあればメールください♪
yaku@docomo.ne.jp


旅全記事リスト http://teriyaki830.blog.fc2.com/archives.html

読んでくれてありがとうございます♪
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[2013/04/14 20:07] | 高知
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記憶の中で
風ささき
蘇る出来事、随分と昔の忘れかけた断片が浮かんでくる。
同じ場所でも異なる様変わり、違和感が付きまとうよね。
同じ時は二度とない、振り返っても、そこには1秒
前の自分は居ない。
10年先20年先、今の自分は存在するのか。
今この瞬間が全て、一瞬で記憶の中に閉じ込め
られてしまう。
上を向いて歩こう、1日中空を見上げてることが
出来る貴重な時間なんだから。
空の向こうは、明日に繋がる空の下には、この道
が続いているよ。
明日もいい旅を。

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記憶の中で
蘇る出来事、随分と昔の忘れかけた断片が浮かんでくる。
同じ場所でも異なる様変わり、違和感が付きまとうよね。
同じ時は二度とない、振り返っても、そこには1秒
前の自分は居ない。
10年先20年先、今の自分は存在するのか。
今この瞬間が全て、一瞬で記憶の中に閉じ込め
られてしまう。
上を向いて歩こう、1日中空を見上げてることが
出来る貴重な時間なんだから。
空の向こうは、明日に繋がる空の下には、この道
が続いているよ。
明日もいい旅を。
2013/04/15(Mon) 17:51 | URL  | 風ささき #-[ 編集]
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2013/04/17(Wed) 14:34 |   |  #[ 編集]
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