ただいま~♪
旅790日目 「時代が動いた場所」

それまでの雨でなかなか思うように行かなかった悔しさそのままに、
急いでテントをしまえば、そんな青空を逃すものかと自転車にまたがった。
この天気ならば、きっとこれ以上ない姿で輝いていることだろう、
そんな期待を胸に、これと言う絶好の日に置いていた金閣寺へとさっそく向かうことにした。
京都観光3日目にしてようやく向かえることができた青空は、嬉しいと言うより一安心している。

512@DSC04766.jpg昨夜は二条城近くの公園でキャンプ

512@DSC04785.jpg400円もするけど、入るしかないでしょ! ^^;

512@DSC04787.jpgさっそくやってきたのは金閣寺!!
   開場の9時であるが、早くも多くの人で賑わいを見せていた。


そうして9時の開場とほぼ同時に金閣寺に到着したのだが、すでに多くの人々!

さすがは人気の観光地とあって、人混みの中の観光は避けられないようだ。(^^;
金閣寺には、かれこれ来ては実はこれで4度目であるのだが、こうして何度やってきても見飽きない美くしさがそこにある。
そのときの世界そのままに映し表しているかのような、すべてが光り輝く金閣寺は空の少しの変化がまたその姿に変化を与え、毎回違った表情を見せてくれるのだろう。
曇りの日もあれば雨の日もあったが、こうして雲一つ無い青空の金閣寺は4度目にして初めてであったから、そんなこの日の姿はこれまでにないってぐらいにきれいな輝きを人々を見せ、そして自分にも初めてやってきた時のような感動を与えてくれた。

512@DSC04791.jpg青空に光る金閣寺 

512@DSC04802.jpgぴっかぴっかのピカチュ~♪ (笑)

次にやってきたのは金閣寺からほど近い北野天満宮。
こちらへは初めて足を運ぶのだが、学問の神様として関西では名高い神社であるため、よく知ってはいる。
境内にはそうした、学問のあやかりを求めてやってきた学生で賑わいを見せ、
神殿前には参拝の順番で並ぶ修学旅行生の列が長々とできていた。
その数100人はいるのではないだろうか!?、そんなあまりの長蛇の列に先を急ぐ自分は参拝を諦めてしまったが、本当に人気のある神社だ・・・。(^^;

ちなみに境内には神として崇められる牛の銅像に石像が至る所にたくさん並び、
なでると自身のその部分が良くなると言われている。
さっそく自分もなでなでさせてもらおう♪
もちろん頭が良くなるように、そんな牛の頭を念入りになでるのは自分だけでなく決まってみんな頭をなでていくため、いちばんすり減っているところでもあった。(笑)

512@DSC04828.jpg学問の神様である北野天満宮

512@DSC04827.jpg修学旅行生で神殿には長い行列が!!

512@DSC02482.jpgなでるとその部分が良くなると言われる牛、頭をなでなで♪

そして次はリベンジ!!と言わんばかりに、昨日は時間に間に合わずに諦めることとなった京都大学総合博物館へと再びやってきた。

京都大学と言えば今話題のiPS細胞ではないだろうか、山中教授のノーベル賞が記憶に新しい中、そんな展示物を期待してやってきたのだが、よくある大学の研究成果の発表の場というようなところではなく、その名の通りまさに博物館であった。
地質学に日本史資料、また大学お得意の昆虫標本の数々がメインで、
そんな期待していた理系の展示が無かったのは残念だったが、さすがは有名大学とあって、そこらの博物館より見応えのある物であったのは確かだ。
また日曜日のこの日は大学院生による講演会が行われ、そんな話を1時間ほど聞いてしまったりと、思いの外ここで時間をかけてしまっている。
そしてこちらも意外なほど多くの方々で賑わいをみせていた。

512@DSC04845.jpg京都大学総合博物館

512@DSC02490.jpg隕石からの研究で宇宙を探る魅力を真剣に話す大学院生。 

512@DSC02489.jpg

512@DSC04844.jpg大学お得意の昆虫標本の数々

512@DSC04836.jpg館内は多くの資料に、そのすべてに目を通せなかったのが残念だ・・・。

遅くなってしまった時間に博物館をあわてて出発。
内容はよかったのだが、屋内で長々とこの天気のいい日にはちょっともったいなかったかなとそんな後悔を残し、そして遅い昼食を吉野家で手短にすませば本能寺へと急いだ。
あの織田信長が重臣であった明智光秀に裏切られ、そして打ちやられた”本能寺の変”で知られる教科書でもおなじみの有名なお寺だ。

初めてやってくる本能寺はどこにあるのかと思っていたらもう街のど真ん中!!
そのときの傷跡にしろ、織田信長のゆかりの何かを期待してやってきたが、本能寺の変で寺が焼失してしまえば、現在のお寺の位置は信長の死後に指揮を握った豊臣氏の命令で移ってきた地であり、正確には信長が血を流した地ではないそうである。
また山の田舎にあると思いこんでいただけに、意外なところに驚きながらの到着であったのも、なんせ京都市役所のすぐそば、街のど真ん中であれば入り口の山門なんて商店街のアーケード街から入っていった。
宝物殿では”信長と本能寺”と題された展示展がすごく気になるものであったが、入館料は500円なり・・・。ん~、高い!!
そうしていると、この京都観光ほんときりがない!! (> <)/
ってことで涙をのむこととなったが、それだけ京都は見所がいっぱいで、嬉しいようで困ってもいる。
余談だが、ちなみに自分は”本能寺の変”の年号の1582年を”イチゴパンツ(1582)姿で信長死す”と覚えているのだ。(^^;
大の戦国時代好きの自分でいろんな城を巡っているが、この本能寺へと見に行くという発想がこれまで全く思いつかなかっただけに、こうして初めてやってきて、
そして取り立てて大きな境内でも見栄えのある本堂でもないが、そんな歴史があると面白いものである。
そうした歴史を知ってなのか、はたまた偶然なのか、こちらにも外国人観光客がやってきていたのには驚いた。

512@DSC04874.jpg本能寺の山門はアーケード街に面する街中と意外なところに・・・。(^^;

512@DSC04866.jpg織田信長が死んでしまうきっかけとなった”本能寺の変”で有名な本能寺

512@DSC04871.jpg境内は街中のビルに埋もれる、意外なところ・・・。

このあたりからちょっと疲れも出てくるが、がんばっている。
なぜそうなるかというと、明日以降またこのような青空がある保証なんてなければ、できるかぎり見ていきたかったこともあり京都観光はまだまだ続いた・・・。

そうしてやってきたのは京都いちばんの繁華街である河原町。
昨日タクシーに追突事故をもらったイヤな場所ではあるが、日曜日の人混みで逆に不便にさえ感じる自転車は適当な場所に置かせてもらい、ここらに点在する幕末ゆかりの地をザック一つで歩いて巡っていくことにした。

人々でごった返す京都市役所前の交差点、そんな片隅の誰も見向きもしないような場所に小さな説明板とともに”長州屋敷跡”とある。
倒幕へと明治維新への扉がひらくこととなった長州藩の屋敷があったところは今では高層ホテルがそびえ、そこに長州藩士の桂小五郎氏(後の木戸孝允)の銅像が寂しげにも、また当時とはすっかり周りの景色も変わってしまった別世界に戸惑うようにも見えるまなざしで行き交う人々を見つめていた。
自分もほとんど知らなかった方であったが、高知を巡り、そして坂本龍馬の足跡をんたどればそこにたびたび登場してくるのがこの桂氏だっただけに、親しみを感じている人でもあった。

512@DSC04886.jpg京都市役所のすぐそばにある長州藩屋敷跡地
          現在はホテルオークラとなっていた。


512@DSC04862.jpg京都市役所

512@DSC04930.jpg

512@DSC04935.jpg

512@DSC04972.jpg人でごった返す河原町

人でごった返す河原町の一角、新撰組が襲撃したあの池田屋事変の現場は、
当時旅館であった池田屋の名前そのままに居酒屋に姿を変えてその場所にあった。
知る人ぞ知る場所だけに、ここでも行き交う人からは不思議な目で写真を構える自分を見ていかれたのが分かったが、小さくも石碑がおかれ当時の現場であることを伝える唯一の証人に必死にカメラを向けていた。

512@DSC04901.jpg池田屋事変があった池田屋跡地、
    現在の跡地には居酒屋が立っていた。


この2階で龍馬はどのような世界を夢みていたのだろうか、
その夢見た世界は今の時代に近いものなのだろうか・・・、
次にやってきてきた酢屋ではそのようなことを思いながら窓を見上げた。
ここで日本の夜明けを夢み、そして近江屋で暗殺されるまで、この2階の部屋で日々坂本龍馬が身を寄せ寝泊まりしていた場所である。
そんな酢屋は龍馬がいた当時から続く材木商として現在も創作木芸屋が続き、他がその姿を変えてゆく中で唯一面影を残す場所であった。
龍馬をかくまったとする2階の部屋はギャラリーとして展示され、しかし見学料は500円であったため諦めることにした。
ここ数日いくら何でもケチりすぎではないだろうかと、今では入れば良かったと後悔もある。
しかし、そのときはそれでいいと思ってしまった・・・。

そして近江屋跡。
この近江屋で坂本龍馬と中岡慎太郎氏が明治維新へとこころざし半ばで倒れた場所だ。
それまではコンビニであったらしく、今は再び改修中となっていた。
隣はガヤガヤしたパチンコと洋服店に挟まれ、アーケード街の人混みで写真を撮るにも立ち止まってられないほど、そしてその多くが見向きもせず通り過ぎる場所であったのには、時代が動いた場所にしては寂しさを覚えた。

512@DSC04917.jpg龍馬が2階に身を寄せていたという酢屋(木材屋)

512@DSC04954.jpg坂本龍馬に中岡慎太郎氏が暗殺された近江屋跡(醤油屋)

さらに坂本龍馬を追って、龍馬が眠る墓まで自転車で向かいたかったのだが、時刻はすでに4時を回り、そちらでの受付に間に合いそうになかったため、こうしてこの日のあわただしい観光を終えることにした。

しかしこの京都、そんな龍馬の墓の他にもまだまだ見たい場所だらけだ。
もう数日は費やしそうである。(^^;
幸い、天気予報を確認すれば明日も快晴を示してくれていた♪
その後は河原町のマクドで夜中までブログをした後、鴨川そばでテントを張って寝ることに。

512@DSC04978.jpg今夜は鴨川河川敷でキャンプ


5月12日 おしまい。


天候:晴れ
体調:良好

キャンプ地:京都市 鴨川河川敷

[あとがき]
5月20日、神戸に到着しました♪

なにかお勧めの情報、場所でもあればメールください♪
yaku@docomo.ne.jp


旅全記事リスト http://teriyaki830.blog.fc2.com/archives.html

読んでくれてありがとうございます
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[2013/05/20 23:18] | 京都
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同じ場所でも
風ささき
時代が変わると、風景・景観も様変わり。
その比率が小さいのが古都なんだろうね。
しっかり観光しているね、大好きな博物館もあり
充実した1日だったかな。
京都でテント泊、そこは観光客でない旅人の姿
そのものだね。
神戸も観光かな?
瀬戸内を左に見て西へだね。
明日もいい旅を。

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イチゴパンツ
ぱんら
信長様のイチゴパンツ姿が目に浮かんで思わず吹いた!
ゴロ合わせにしても、ユニークすぎへんかい?

京都はほんまに見所多過ぎ。人も多過ぎ。でもまあ地元みたいなもんやから、又いつか簡単に戻って来れるもんね。

今は神戸やって?新緑の六甲山。。。あああ帰りたいよお。神戸の記事楽しみにしとっとよ。明日も気いつけてね。

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同じ場所でも
時代が変わると、風景・景観も様変わり。
その比率が小さいのが古都なんだろうね。
しっかり観光しているね、大好きな博物館もあり
充実した1日だったかな。
京都でテント泊、そこは観光客でない旅人の姿
そのものだね。
神戸も観光かな?
瀬戸内を左に見て西へだね。
明日もいい旅を。
2013/05/21(Tue) 03:06 | URL  | 風ささき #-[ 編集]
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2013/05/21(Tue) 10:34 |   |  #[ 編集]
イチゴパンツ
信長様のイチゴパンツ姿が目に浮かんで思わず吹いた!
ゴロ合わせにしても、ユニークすぎへんかい?

京都はほんまに見所多過ぎ。人も多過ぎ。でもまあ地元みたいなもんやから、又いつか簡単に戻って来れるもんね。

今は神戸やって?新緑の六甲山。。。あああ帰りたいよお。神戸の記事楽しみにしとっとよ。明日も気いつけてね。
2013/05/21(Tue) 12:10 | URL  | ぱんら #-[ 編集]
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